前回の記事では大手門を入り、桝形まで入った
江戸城は現在11の門があるが、ここが大手なので、一応ここから入ることをお勧めする
桝形の櫓門をくぐると、左に折れ、大手門休憩所でお土産を買おう
僕は城に行く度、手ぬぐいを購入しコレクションしている
http://
[0回]
もちろん、手ぬぐいを売っていない城も多く、全てを持っているわけではないが
手ぬぐいのお勧めとしては、名古屋城の手ぬぐいはお勧めである
お土産には珍しく、染め抜きとなっている
話を江戸城に戻すと、この後、旧同心番所を見て、旧百人番所を見学する
(この二つの建物は外から眺めるだけ)
あいにく僕は建物にはそれほど興味がないため、写真は割愛
そのまま旧大番所の横を抜け、旧本丸へ
そして、道をそれて富士見櫓を見に行こう
この富士見櫓は天守が焼け落ちた後、天守としての役割を果たしたほどの重要な建物
地方では3重の天守も多い中、3重の櫓が2基もあったとは、将軍の城のスケールを味わえる
写真が逆光で分かりにくいが、長押型が入った格式高い作りになっている
さらに、江戸城の建物は、入母屋造の破風部分に綺麗な模様が入ってる
ここも見所である
が、遠くて見えにくいので、双眼鏡やデカめのカメラを持って行きましょう
富士見櫓を見たら、見落としがちな富士見多聞へ
これまた地味な上に、なんなら箒とかの資材が散乱して見栄えも最悪
なんとか、資材を最小限にとどめたが、ビニールシートが写ってるし、、、
しょうがない
多聞というのは、多聞天から名前を拝借したとある城に由来する
その城は、織田信長が安土城築城時に参考にしたとも言われる、奈良の多聞城
多聞城は、当時としてはかなり大きな規模の城で、4重の天守を多聞櫓で囲っていたといわれている
この櫓の特徴としては、土塀を掛ける代わりに櫓を建てるため、中の空間を有効活用できる点が挙げられる
例えば備蓄や武器や防具の倉庫、中には女中の住まいや御殿の一部を多聞櫓の中に作った城もあった
大阪城では多聞櫓の中に兵士が宿直し、24時間営業で警備していたのである
城という限られたスペースにおいて、この櫓の効果は絶大である
多聞櫓を見たら、いよいよ天守である

今では石垣のみが残るが、当時は高石垣の上にそびえる超高層天守であった
天守台の形から、複合式であったと予想がつく
天守の形式に関しては疎いため、あまりあてにはして欲しくないが笑
天守には奇妙な溝があり、天守台の上に、天守を囲むように櫓が建っていたのでは
などと妄想が捗る
こんな雁木必要ないものね、、、
これが計4箇所あったので、天守の周りに何か防御の櫓のようなものを巻いていた感じがするよね
この日は、僕が江戸城で一番好きな平川門から帰った
この門はかなり陰が薄いが、木の橋を渡る風情
天神堀など、いい景色を味わえるとっておきの門
もちろん、このあたりの石垣も最高に面白い!!
江戸城の観光記はこの辺りで
次は石垣編に突入する!
PR
×Close